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福岡家庭裁判所小倉支部 昭和55年(家)562号 審判

親権者変更申立人 大森悦子

後見人選任申立人 小林マサ子

事件本人 小林泰之

主文

一  昭和五五年(家)第五六二号親権者変更申立事件について事件本人の親権者を申立人大森悦子に変更する。

二  昭和五五年(家)第四〇二号後見人選任申立事件についてその申立を却下する。

理由

一  昭和五五年(家)第四〇二号事件の申立の趣旨および理由

申立人小林マサ子は、「事件本人の後見人として申立人小林マサ子を選任する。」との審判を求め、その理由として、「申立人小林マサ子は事件本人の父方の祖母であるところ、事件本人の親権者小林和之が死亡し、後見が開始したので、事件本人の監護教育等のため申立人小林マサ子をその後見人に選任することを求める。」と述べた。

二  昭和五五年(家)第五六二号事件の申立の趣旨および理由

申立人大森悦子は、主文一項同旨の審判を求め、その理由として、「立申人大森悦子と小林和之とは昭和五四年五月七日協議離婚し、その際両名間の長男泰之(事件本人)の親権者を小林和之と定めた。ところが小林和之は昭和五五年一月一八日死亡したので、事件本人の親権者を申立人大森悦子に変更するとの審判を求める。」と述べた。

三  当裁判所の判断

(1)  一件記録によれば、次の事実が認められる。

(一)  申立人大森悦子(以下単に申立人と略称する)は昭和四七年一月一八日小林和之(以下和之と略称する)と婚姻し、昭和四七年九月八日長男泰之(事件本人)を、昭和四九年四月二〇日二男博之を出産したが夫婦仲に不和を招き、昭和五四年五月七日親権者につき事件本人を和之、博之を申立人とそれぞれ定めて協議離婚した。しかしながら和之は昭和五五年一月一八日午後二時一五分心不全により死亡した。

(二)  申立人と和之の夫婦関係が破綻するに至つた原因は、和之は製岳関係の会社に勤めていたが、遊び好きで交際が派手であり、金銭面にルーズなところがあつて生活が苦るしく、それに短期間のうちに三回も傷害事件を起して警察沙汰となつたため、和之の性格に嫌忌の情を抱いたことによるものである。離婚した際、子供らの親権者の指定については、双方が互いに監護することを主張したが、申立人において子供二人を引き取つて生活していく自信もなかつたので、結局、申立人が博之を、和之が事件本人を引き取ることとし、それぞれの親権者となつたものであるが、申立人としては必ずしも離婚後の事件本人の監護養育に関心がなかつたわけではないようである。

(三)  申立人は、離婚したのち実弟の大森賢方で生活し、昭和五四年六月から飲食店に勤務している。他方、和之は○○区内にアパートを借りて事件本人と二人で生活していたが、上記のとおり昭和五五年一月一八日病死したため、その後は和之の実母小林マサ子(以下マサ子は略称する)が事件本人を引き取つてその監護にあたることになつた。

(四)  マサ子は、事件本人を引き取つて事実上監護するまでは事件本人と和之が住んでいた近くにアパートを借りて生活保護を受けながら一人で生活していたのであるが、その当時から事件本人と絶えず接触を保ちその面倒を見ていた関係上事件本人もマサ子によくなついていたので、申立人には一言の相談もしないで、昭和五五年二月一六日マサ子本人を後見人候補者として本件後見人選任の申立をするに至つた。現在マサ子は和之の生命保険金(保険金額一、五〇〇万円、支払方法は一時金として一、〇〇〇万円、残金五〇〇万円については一年毎に一〇〇万円宛、受取人としてマサ子、事件本人名七五〇万円。)の支払いを受けているので、生活保護費は打ち切られ、専らこの生命保険金で生活しているが一応の生活はしており、健康状態もよいようで、事件本人に対し監護面での愛情が期待できるので、後見職務の遂行能力に支障となる点は見当らない。

(五)  ところで、申立人は、和之死亡後事件本人の身を案じて、マサ子に対し事件本人を引き取りたい旨の申し入れをしたが、マサ子から「和之の四九日忌がすむまで話し合いを待つてほしい」といわれ、四九日忌がすむのを待つているうちに、本件後見人選任の申立がなされたのを知り、事件本人を引き取るため昭和五五年二月二九日本件親権者変更の申立をした。申立人は上記のとおり離婚当時事件本人の親権者とならなかつたが、離婚後事件本人のことを案じなかつたわけではなく、和之の死亡後は母親としての責任を果たすべく自分が親権者となつて愛情をもつて事件本人を養育することを切望している。申立人の家族構成は申立人の父(六五歳、病気療養中)、母(五三歳、無職)、弟(二五歳、会社員)、妹(一九歳、銀行員)と申立人の二男(事件本人の弟)の六人家族で、生活は安定し家庭も健全であり、申立人が仕事で家を留守にしている間は申立人の母が事件本人の監護に全面的に協力する意向を有しているし、申立人の性格および生活態度等に問題とすべき点は認められない。

(六)  事件本人の積極財産としては、上記の生命保険金のほか郵政省簡易保険局の学資保険(中学入学時に一〇万円、高校入学時に一〇〇万円)があるが、財産管理について将来混乱することは認め難い。

(七)  なお、事件本人は現在小学校二年生であるが、友達と離れたくないことならびに可愛いがつている猫がいるとの理由で、祖母であるマサ子と一緒に生活することを望んでいる。

(2)  そこで、申立人が事件本人の親権者となることがその福祉に適するかどうかを考えるに、前記認定のように後見人候補者マサ子には後見人として事件本人を監護することについては不適当と認めるべき事情は見当らず、また事件本人は現在マサ子の監護のもとに平穏な生活を送つているので、養育環境の変化による子供の心理的動揺については慎重な配慮が必要となろう。しかし、本件は離婚の際定められた単独親権者が八か月して死亡した事案であつて、申立人は離婚時まで約七年間にわたり母親として事件本人を養育しており、離婚原因につき申立人に有責任は認められず、親権者指定の際には専ら経済的事情から事件本人の弟だけは引き取り事件本人については和之を親権者とすることにしたもので、現在では生活状況も安定し、また、本件親権者変更申立が事件本人に対する母親としての愛情を動機とするものであること、子が母親と共に生活することは子の養育にとつて最ものぞましいことであること、その他上記認定の事実関係によると、申立人を親権者とすることにより事件本人に対し特に不都合な事態を生ずるとは考えられないこと等を考慮すると、申立人に事件本人の監護養育の責任を委ね、親権者たる母親としての愛情ある接触を保持していくことが事件本人の将来の福祉のために最も適合するものと認めるのが相当である(事件本人は、友達と離れたくない等の理由により、マサ子と同居することを希望しているが、事件本人の年令を考えるとその気持はわからないでもない。しかし事件本人の将来の福祉という観点に重きをおくときは、やはり上記認定を覆えすべきでないと思料する。)。

(3)  以上の次第であるから、本件親権者変更の申立は相当であるからこれを認容することとし、主文一項のとおり審判する。

(4)  なお、本件のごとく、単独親権者が死亡した場合に親権者変更の申立があり、これを相当として認容した場合には、本件後見人選任申立については後見人選任の必要なきことに帰するから、本件後見人選任申立についてはこれを却下することとし、主文二項のとおり審判する。

(家事審判官 宮城京一)

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